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大阪地方裁判所 昭和42年(ワ)551号 判決 1969年7月31日

原告 昭和四一年(手ワ)第三二八六号事件

被告昭和四二年(ワ)第五五一号事件原告 富士文化工業株式会社

右代表者代表取締役 大野日佐太

右訴訟代理人弁護士 池田俊

右訴訟復代理人弁護士 寺岡清

同 奥村正道

被告(昭和四二年(ワ)第五五一号事件被告)

株式会社北岡商店

右代表者代表清算人 北岡馨

被告 昭和四一年(手ワ)第三二八六号事件原告

昭和四二年(ワ)第五五一号事件被告 大阪第一信用金庫

右代表者代表理事 西田清実

右被告両名訴訟代理人弁護士 北村巌

同 北村春江

同 酒井圭次

主文

一、昭和四二年(ワ)第五五一号事件につき、

(一)  被告会社は原告に対し金七六七、四七一円とこれに対する昭和四二年二月一七日から完済まで年六分の割合による金員を支払え。

(二)  原告が、別紙目録(一)記載の約束手形一二通(額面合計金七七三七、三六九円)について、被告両名に対し、振出人としての支払義務がないことを確認する。

二、昭和四一年(手ワ)第三二八六号事件につき被告金庫の原告に対する請求はこれを棄却する。

三、訴訟費用中、昭和四一年(手ワ)第三二八六号事件について生じたものは被告金庫の負担とし、同四二年(ワ)第五五一号事件について生じたものは被告両名の負担とする。

四、この判決は第一項(一)に限り、仮りに執行することができる。

事実

第一、当事者の申立

昭和四二年(ワ)第五五一号事件(以下、単に第五五一号事件という)について、原告訴訟代理人は主文第一項(請求元本を金七六七、四九一円としているのは、計算違による誤記と認める。)及び第三項後段と同旨の判決、並びに第一項(一)につき仮執行の宣言を求め、被告ら訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、同四一年(手ワ)第三二八六号事件(以下単に、第三二八六号事件という)について被告金庫訴訟代理人は、「原告は被告金庫に対し、金七、七三七、三六九円とこれに対する昭和四一年四月二一日から完済まで年六分の割合による金員を支払え、訴訟費用は原告の負担とする。」との判決、並びに仮執行の宣言を求め、原告訴訟代理人は、主文第二項及び第三項前段と同旨の判決を求めた。

第二、当事者の主張

一、第三二八六号事件について

被告金庫訴訟代理人は、請求の原因として、

「(一)、被告金庫は、原告振出にかかる別紙目録(一)記載の約束手形一二通(以下、本件(一)の手形という)の所持人として、これを各満期の日(但し、(2)、(7)、(8)の各手形は満期の翌日、(10)の手形は満期の翌々日)に支払場所で支払のため順次呈示したところ、いずれも支払を拒絶されたから、ここに原告に対し、右手形金合計金七、七三七、三六九円と、これに対する最終満期の翌日たる昭和四一年四月二一日から完済まで、手形法所定年六分の割合による利息金の支払を求める。

(二)、原告の抗弁事実中(二)の(1)(2)の事実を否認する。同(3)の事実のうち、被告会社が別紙目録(二)の約束手形八通(以下単に本件(二)の手形という)を湯浅金物株式会社(以下単に湯浅金物という)に対して振り出したこと、および原告主張の経緯で被告金庫が期限後、裏書を受けたことは認めるが、その余の事実を否認する。

(三)、(1)、本件(二)の手形になされた湯浅金物の裏書は、単に手形金の回収を図るため、真実権利移転がないのにかかわらずこれあるもののように仮装した通謀虚偽表示であるから、その後者たる原告は本件(二)の手形上の権利者ではない。

(2)、そうでないとしても、被告会社は昭和四〇年一一月頃倒産したため、同月一八日第一回債権者総会が開かれ、右総会の決議によって選出された整理委員一二名をもって構成する整理委員会によって被告会社の資産を整理することとし、その後九回にわたり、右委員会において検討が加えられた結果、翌一二月一八日に開かれた第二回債権者総会において、訴外日本エナメルより配当資金五〇〇万円の融通をうけ、これを日本エナメルを除く他の債権者に約五%を配当することとし、配当後の残債権は各債権者において放棄すること、および右実行の細部は整理委員会に一任すること等が出席債権者全員一致をもって決議されたが、湯浅金物は、右各総会に出席してこれに同意した。湯浅金物は右整理委員会に対し、手形債権金一七、六三四、六四二円、売掛金債権金五、二一三、九二二円合計二二、八四八、五六四円の債権届をしていたが、その後、被告会社の取引先が被告会社に対し負担していた債務金五二二、六七四円を引受けたとし、これを受働債権として右届出債権と対当額において相殺した結果、残債権金二二、三二五、八九〇円について配当が行われることになり、(本件(二)の手形債権もこの中に含まれている。)これに対する四・五%にあたる金一、〇〇四、六六五円を時価金三三六、九七五円相当の商品と、同委員長名義の約束手形額面金六六七、六九〇円とをもって受領したのであって、同月二五日右手形が決済されたから、本件(二)の手形債権はその一部が右配当金の受領により、残額は放棄により消滅した。

(3)、仮りに、右主張が認められないとするも、湯浅金物は、被告会社に対し、右配当金受領の際、本件(二)の手形を含む全手形債権は、これを湯浅金物のみが保有し訴権のないいわゆる自然債権とすることを約するとともに、既に譲渡ずみの手形はこれを回収し、手持ちの手形は他に譲渡しないことを約したものであるところ、原告は右事情を知りながら、その子会社であるフジカ販売株式会社(以下、単にフジカ販売という)を通じて本件(二)の手形を取得したものであるから、これが手形上の権利を取得し得ず、従って、原告は、本件(二)の手形債権をもって相殺し得ないものである。

仮に原告が右事情を知らなかったとしても、本件(二)の手形のうち(3)、(4)の手形は支払拒絶証書作成期間経過後の昭和四一年一月一二日に、フジカ販売から原告へいわゆる期限後裏書されたものであるから、少なくとも(3)、(4)の手形については、原告はこれを自働債権として相殺を主張することができない。

(四)、仮りに、以上の主張が認められないとしても、本件(二)の手形は、被告会社が湯浅金物に対しストーブ代金支払のため振り出したものであるが、右ストーブは原告の製品で、原告がその子会社たるフジカ販売を通じて商社たる湯浅金物に販売し、ついで被告会社がこれを買受けた関係にあるところ、原告は被告会社の湯浅金物に対する右債務についてはこれを保証するという立場にあり、かつ、前記のとおり被告会社が倒産し、債権者総会の決議により被告会社の財産が整理され、一率に債権者が配当をうけることになった際、湯浅金物がその債権者総会の議長までしたのにかかわらず他の債権者との約束を無視し、これらの者に抜け駆けして、前記(三)(3)のとおり、被告会社の売掛先が被告会社に対し負担する債務を引受け、これと届出債権のうち金五二二、六七四円の債権を相殺して実質上同額の弁済を受けた上、金一、〇〇四、六六五円の配当を得ているのに、更に、本件(二)の手形を原告に譲渡することにより金七、七三七、三六九円の債権の回収を回り、他の一般債権者が約五%の配当に甘んじているのに対し、一人湯浅金物だけが右合計金九、二六四、七〇八円(総債権額の約四五%にあたる)を回収し、実に他の一般債権者の約九倍にあたる債権の回収をしたのであって、湯浅金物のかかる行為は債権者間の約束に反することは勿論、道義にも反する行為であり、仮りに原告に対する本件(二)の手形の譲渡行為が有効であるとしても、それはいわゆる詐害行為というべく、また破産法上否認さるべき行為であるところ、原告はこれに加担し、かつ、自己の本件(一)の手形金の支払義務を免がれんがため、共謀の上、フジカ販売を通じて本件(二)の手形の裏書をうけ、これをもって本件相殺の用に供することは、明らかに信義誠実の原則に反し、権利の濫用として許されない。」

と述べた。

原告訴訟代理人は、答弁として、

「(一)、請求原因事実はすべて認める。

(二)、(1)、本件(一)の手形になされている被告会社から被告金庫に対する裏書は形式上のものに過ぎず、実質上権利移転がないのにかかわらず、両者相通じてなした仮装のものであるから、被告金庫は本件(一)の手形上の権利を取得しない。

(2)、そうでないとしても、右裏書はもっぱら訴訟をすることを目的としてなされたものであるから、信託法第一一条に違反し無効である。

(3)、仮りに、右各主張が認められないとしても、

(イ)、原告は、被告会社が湯浅金物に対して振り出した別紙目録(二)記載の約束手形八通(本件(二)の手形)の所持人として、これを各満期の日に(但し、(3)、(4)の手形は、昭和四一年一月一一日に)支払場所で、支払のため順次呈示したところ、支払を拒絶されたから、被告会社に対し右手形金合計金八、五〇四、八四〇円とこれに対する呈示後の同年三月八日から完済まで商法所定年六分の割合による損害金債権を有するところ、他方、本件(一)の手形は、いずれも支払拒絶証書作成期間経過後の同年四月一一日、訴外大阪商業信用組合より被告会社に戻り裏書され、ついで同年五月一〇日被告会社から被告金庫に対して裏書されたもので、被告金庫はいわゆる期限後裏書により本件手形を取得したものであるから、原告が被告会社に対抗しうる事由は被告金庫にも対抗しうるところ、被告金庫が有する本件(一)の手形金債権および利息金債権と原告が有する本件(二)の手形金債権および遅延損害金債権とは同年四月一一日相殺適状となったので、原告は本訴(昭和四二年二月八日の本件口頭弁論期日)において、被告金庫に対し右両債権を対当額において相殺する旨の意思表示をした。もっとも、原告は、相殺の意思表示をするにあたり、自働債権を表彰する本件(二)の手形を交付していないが、受働債権を表彰する本件(一)の手形が、本来の相殺の相手方たる被告会社から被告金庫に裏書され、被告金庫から原告に対し右手形金請求の本訴が提起されている本件においては、本件(二)の手形を交付しないでなされた相殺は有効であるから、これにより被告金庫の本件(一)の手形上の権利は消滅した。

(ロ)、仮りに、右相殺の意思表示が、本件(二)の手形の交付がないためその効力がないとしても、原告は本件(二)の手形債権を消滅時効の完成によって喪失し、これにより被告会社が右手形金額と同額の利得を得たので、原告は被告会社に対して同額の利得償還請求権を取得した、よって、原告はこれを自働債権として、本訴(昭和四四年四月一〇日の本件口頭弁論期日)において被告金庫に対し本件(一)の手形金債権と対当額において相殺する旨の意思表示をしたから、本件(一)の手形上の権利は消滅した。」と述べた。

二、第五五一号事件について

原告訴訟代理人は請求の原因として、

「(一)、被告金庫は、第三二八一号事件の請求原因(一)において述べているとおり、原告に対し、本件(一)の手形金合計七、七三七、三六九円とこれに対する昭和四一年四月二一日から年六分の割合による利息金債権を有すると主張して、これが支払を求めており、原告は右請求原因事実を認めるものであるけれども、右債務は既に相殺によって消滅したことについては、第三二八一号事件の原告の答弁(二)(3)において述べたとおりであるから、ここにこれを引用する。

よって、ここに、原告の本件(一)の手形上の債務が存在すると主張する被告らに対し、右債務が存在しないことの確認を求める。

(二)、ところで本件(二)の手形金八、五〇四、八四〇円の債権と本件(一)の手形金七、七三七、三六九円の債務とを対当額で相殺してもなお金七六七、四七一円(原告はこの金額を金七六七、四九一円と記載しているが、計算違いによる誤記と認める。)の差額があるから、原告は振出人である被告会社に対し、本件(二)の手形の内満期が最終である(8)の手形につき、右同額の手形金とこれに対する満期の後で本訴状送達の日の翌日から完済まで手形法所定年六分の割合による利息金の支払を求める、」と述べた。

被告ら訴訟代理人は、答弁として、「原告が本件(一)の手形振出人としての債務を負担していること、原告が本件(二)の手形金債権を有しないこと、及び、原告主張の相殺がその効力を生じていないことについての被告らの主張は、すべて第三二八六号事件について被告金庫が主張した事実と同一であるから、ここにこれを引用する。」と述べた。

証拠≪省略≫

理由

(第三二八六号事件について)

一、被告金庫主張の請求原因事実については当事者間に争いがない。

二、そこで原告主張の抗弁について判断する。

(一)  原告主張の(二)(1)(2)の事実、即ち被告会社から被告金庫への裏書が仮装のものであり、また訴訟をすることを主たる目的としてなされた事実については、いずれもこれを認めるに足る証拠がないから、右抗弁はいずれも採用できない。

(二)  相殺の抗弁について

被告会社が本件(二)の手形八通を湯浅金物に対して振り出したこと、および本件(一)の手形一二通がいずれも支払拒絶証書作成期間経過後の昭和四一年四月一一日、訴外大阪商業信用組合より被告会社に戻り裏書され、ついで同年五月一一日被告会社から被告金庫にいわゆる期限後裏書されたことについては当事者間に争いがなく、原告が本件(二)の手形の所持人であること、ならびに、本件(二)の手形のうち(3)(4)の手形を除くその余の手形八通が各満期日に、(3)、(4)の手形は同年一月一二日に、順次支払のため支払場所に呈示されたが、いずれも支払を拒絶されたことは、いずれも被告金庫において明らかに争わないところであるから、これを自白したものとみなすべく成立に争いのない甲第一号証の一ないし八の裏書記載によれば裏書の連続が認められるから、原告は本件(二)の手形をいずれも適法に所持していることが推定される。

被告金庫は、原告が本件(二)の手形について無権利者であると主張するところ、これを認めるに足る証拠がない。却って、≪証拠省略≫を総合すると、原告は厨暖房器具製造を業とし、フジカ販売は原告の製品のみを取扱う販売会社で原告の子会社であり、被告会社は原告製品を、その一部はフジカ販売から直接購入することがあるけれども、殆んど大部分は湯浅金物を通じて購入してきたほか、原告から製品の委託加工を請負ったこともあったところ、昭和四〇年の半ばごろより被告会社の経営状態が悪いとの噂が流れたため、湯浅金物では被告会社との取引枠を引き締めていたが、被告会社に対して委託加工による債務を負担していることにより、一種の保証を有するような関係にあった原告が、湯浅金物に対し、万一被告会社において商品代金を支払えないときは、原告において責任をもつから被告会社にストーブを販売してやってほしいと要請したので、これを容れた湯浅金物が同年一〇月ごろから集中的にストーブを被告会社に納入したこと、本件(二)の手形は右ストーブ代金支払のため被告会社より湯浅金物に振り出されたものであり、また本件(一)の手形は原告から被告会社に対する加工賃支払のため振り出されたものであること、被告会社は、同年一一月始めごろ倒産したため、債権者総会が開かれ協議の結果、被告会社の財産が整理されることになり、本件(二)の手形の回収が殆んど見込がなくなったため、湯浅金物との間において右ストーブの取引について前記のような経緯、殊に原告が被告会社の債務につき責任を負う旨の約束がなされていたところから、湯浅金物がフジカ販売に対し支払うべき右代金決済のため本件(二)の手形が湯浅金物からフジカ販売へ、フジカ販売から原告に順次裏書され、原告が手形上の権利者となったことの各事実が認められ、右認定を覆えすに足る確証がない。

そうすると、原告は、本件(一)手形の譲渡人である被告会社に対抗し得る事由をもって期限後譲受人である被告金庫に対し対抗できるわけであり、原告の被告会社に対して有する本件(二)の手形金債権と、原告の被告会社に対し負担する本件(一)の手形金債務は、被告会社が右(一)の手形の戻り裏書を受けてこれを所持するに至った昭和四一年四月一一日に相殺適状にあった(本件(一)の手形の内(12)の手形については満期未到来であるが、これについては原告において期限の利益を放棄し得るから。)というべきところ、原告は、昭和四二年二月八日の第三二八六号事件口頭弁論期日において被告金庫に対し本件(二)の手形金合計金八、五〇四、八四〇円の債権を自働債権、本件(一)の手形金合計金七、七三七、三六九円の債権を受働債権とし、両者を対当額において相殺する旨の意思表示をしたことは右事件の記録上明らかである。そしてこのように手形金の請求を受けた者が、請求者に対し有する手形金債権を自働債権として、訴訟上相殺の意思表示をなす場合には自働債権を表彰する手形を交付する必要がなく、また、受働債権を表彰する手形が、相殺適状になった後に期限後裏書され、右被裏書人が請求してきた場合には、相殺の意思表示は被裏書人に対しなすをもって足ると解するのが相当であるから、原告の被告金庫に対してなした右相殺は有効であるといわねばならない。

(三)  被告金庫は、本件(二)の手形債務は、被告会社債権者総会の決議若しくは被告会社と湯浅金物との合意により一部は相殺及び代物弁済により、残債権は放棄により消滅したか、そうでないとしても湯浅金物のみが保有しうるいわゆる自然債権となったのであると抗争するところ、これに副う被告会社代表者本人尋問の結果の一部は、≪証拠省略≫に照らしにわかに措信し難く、また≪証拠省略≫によれば湯浅金物の被告会社整理委員会に対する配当金領収証に「債権者総会の決定に従うとともに当方の受取手形は当方において処置します」旨の付記の記載があることが認められるけれども、これを前掲ならびに後掲証拠と対比するときは、右文言をもって直ちに被告主張のような合意が成立したものと解することができず、他に右主張事実を認めるに足る的確な証拠がない、却って≪証拠省略≫を総合すると、被告会社は昭和四〇年一一月始めごろ倒産したため、同月一八日債権者総会が開かれ、右総会決議により選出された整理委員一二名をもって構成する整理委員会によって、被告会社の整理をすることとなったこと、同委員会において調査の結果、売掛債権は約一、〇〇〇万円あるが、確実に回収しうるものは約五〇〇万円で、しかもこれを取り立てるためには相当費用が嵩む見込であり、在庫商品も処分するとなると二束三文で、そのうえ倉庫料滞納のため留置されている状態であったこと、そこで同委員会は数回以上協議した結果、右被告会社の積極資産一切を引き当てとして日本エナメルより金五〇〇万円の融通を受け、これを早急に日本エナメルを除く他の債権者に四・五%の割合で配当する旨の決議をしたが、その際配当後の残債権を放棄する旨の提案については、右のような低率配当のみで残債権を放棄する案は、当時険悪な債権者の空気から推してその納得を得られないであろうという意見が強かったため総会には提案しないようになったこと、同年一二月一八日に開かれた第二回債権者総会において同委員会の案は湯浅金物を含む出席債権者全員一致の承認を得、実行の細部の点については同委員会に一任することが決議されたが、配当後の残債権の放棄ないし訴権の放棄等についてなんらの決議がなされなかったこと、同委員会は右配当をするための基礎となる債権の確定をするにあたり、手形債権の内、融通手形については手形所持人を、商業手形については手形の受取人をそれぞれ配当債権者として債権を確定したが、債権として確定された手形が、確定手形債権者から他に譲渡されるおそれがあったので、配当金領収証に「債権者総会の決定に従うとともに当方の受取手形は当方において処置致します」旨の文言を不動文字をもって付記し、再度確定手形について委員会に対して配当要求がされないよう、確定手形債権者に対して責任をもつようにしたこと、湯浅金物の届出債権は、最初は受取手形債権計金一七、六三四、六四二円、売掛債権計金五、二一三、九二二円合計二二、八四八、五六四円であったところ、その後同会社から金五二二、六七四円の減額申出があったのに対し、同委員会は右申出がこれに相当する債権を被告会社の債務者に対して譲渡したことによるものであり、これを承認すると、右減額分だけ被告会社の債権回収が減ることを理由に、右申出額を届出債権額からでなく配当額から差引くと主張したが同会社がこれを承諾せず、結局同委員会が譲歩して債権総額からこれを差引いた結果、その残額計金二二、三二五、八九〇円(本件(二)の手形金を含む)について配当することになり、これに対する総会決定の配当率四・五%を乗じた配当金一、〇〇四、六六五円支払に代え、額面六六七、六九〇円の振出人を被告会社整理委員会委員長とする約束手形一通と、金三三六、九七五円相当の商品とで支払うことになり、同月二五日湯浅金物の係員日詰某がこれをうけとり、前記委員会作成の前記不動文字が印刷された領収証に、右手形金額、日付および湯浅金物株式会社と記入した会社名下にとペンでサインをしたけれども、同人には右不動文字の文言を承諾する権限なく、またその意味についてもこれを認識していなかったこと、そして同月二八日右手形が決済されたこと、がそれぞれ認められる。

右事実によれば、債権者総会において被告金庫主張の決議がなされたことを認めることができず、又湯浅金物と被告会社の間において被告金庫主張のような合意の存在を認めることが出来ない。のみならず、仮に、乙第三号証の「当方の受取手形は当方で処置致します」旨の付記文言によって、被告金庫主張の合意が湯浅金物によってなされたとしても、証人紙田圭介の証言によると、フジカ販売及び原告は、いずれも右事情を知らずに本件(二)の手形を取得したことが認められ、右認定を覆えすに足る的確な証拠がないから、被告金庫の右抗弁は採用し得ない。

(四)  被告金庫は原告の相殺は権利濫用であると主張するけれども前示認定の事実関係の下に、フジカ販売を経て本件(二)の手形の裏書をうけるに至った原告が、これを相殺に供することをもって権利濫用であるということは出来ないから、被告金庫の右主張も採用し得ない。

三、そうすると、原告の被告金庫に対し負担した本件(一)の手形振出人としての債務は相殺適状の生じた昭和四一年四月一一日に、原告主張の自働債権たる本件(二)の手形の内(1)ないし(7)の手形金、及び(8)の手形金の内一三〇、三六九円と対当額において相殺されたことにより消滅したといわねばならないから、これが存在することを前提とする被告金庫の本訴請求は失当として棄却を免がれない。

(第五五一号事件について)

一、被告金庫が第三二八六号事件の請求原因(一)において、本件(一)の手形について述べている事実は当事者間に争いがないところ、本件(一)の手形金債務が原告のした相殺により消滅したことは第三二八六号事件について判断したとおりであるから、被告らに対し本件(一)の手形についての債務が存在しないことの確認を求める原告の本訴請求は正当である。

二、そして前示認定事実によると、被告会社は原告に対し、本件(二)の手形の内(8)の手形につき相殺に供された金一三〇、三六九円を控除した残額七六七、四七一円(原告主張金額が違算であることは前示のとおり)とこれに対する満期後で本件訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和四二年二月一七日から完済まで、手形法所定年六分の割合による利息金を支払う義務があるわけであるから、被告会社に対し、これが支払を求める原告の本訴請求は、正当として認容されねばならない。

よって、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を、仮執行の宣言について同法第一九六条第二項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 下出義明 裁判官 内園盛久 住田金夫)

<以下省略>

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